みんなで育て、みんなで育つ

おもな沿革

明治19年5月 愛媛県師範学校に幼稚園を付設する。
明治30年3月 幼稚園を廃する。
明治45年4月 三津浜町に愛媛県女子師範学校に創立され、そこに幼稚園が再び設置される。本科第一部生15名(第1回)教育実習を始める。
大正2年1月 本科第二部生17名(第1回)教育実習を始める。
大正11年11月 皇太子殿下裕仁親王が行啓される。
昭和18年4月 愛媛師範学校女子部附属幼稚園と園名を変更する。
昭和20年7月 松山市は空襲を受け、男子部は全焼、三津地区は罹災を免かれたため続けて開園する。
昭和25年11月 警察予備隊に園舎を提供することになり、三津浜幼稚園の一部を借りて保育する。
昭和26年4月 愛媛大学教育学部附属幼稚園と改称する。城北の大学構内へ移転する。
昭和27年12月 樋又に新園舎を竣工する。
昭和34年4月 学級数2学級となり、文部教官2名をおく。園舎を増築する。
昭和39年4月 非常勤講師(補佐)1名をおく。
昭和41年4月 文部教官1名を増員し、計3名となる。
昭和44年5月 現在地に鉄筋コンクリート平家建ての園舎を竣工し、落成式を挙行する。
昭和50年3月 水遊び場(プール)を完成する。
昭和50年11月 第24回全国国語、第7回四国国語、第28回愛媛県国語研究大会幼稚園部会場園となる。
昭和53年6月 非常勤講師(養護教諭)が認められる。非常勤講師2名となる。
昭和53年7月 第25回全国国公立幼稚園教育研究協議会第4分科会場園となる。
昭和54年4月 3年保育が認められ、学級数3学級となり、文部教官1名を増員し、計4名となる。非常勤講師3名となる。
昭和55年3月 現在地に園舎増築し、落成式を挙行する。
昭和55年4月 学級増の学年進行により、学級数4学級となり、文部教官1名を増員し、計5名となる。非常勤講師4名となる。
昭和55年9月 幼稚園教員養成課程(3回生)9月15名、10月15名、計30名の教育実習を始める。
昭和56年4月 学級増の学年進行により、学級数5学級となり、文部教官1名を増員し、計6名となる。(学年進行完了)
昭和57年7月 全国国立大学附属学校幼稚園研究集会(愛媛集会)を開催する。
昭和59年3月 「愛媛大学教育学部附属幼稚園の歌」を制定する。
昭和61年11月 創立百周年記念式典を挙行し、記念碑「希望の扉」を建立する。
昭和62年11月 第10回全日本音楽教育研究会全国大会、第18回中国・四国音楽教育研究大会愛媛大会幼稚園部会の会場園となる。
平成元年4月 タイ国王女の一行が来園する。
平成4年8月 第25回全国国立大学附属学校連盟校園長研究会(愛媛大会)を開催する。
平成8年11月 創立百十周年を記念し、祝う会を行う。
平成12年2月 「みてみてせんせい」刊行
平成13年3月 テラスひさし完成
平成15年4月 教職員定数配置改善により、養護教諭の定員化が実現する。
平成16年4月 国立大学法人愛媛大学教育学部附属幼稚園となる。
平成18年11月 創立120周年を記念し、式典を行う。
平成19年11月 トイレ改修工事 赤組保育室・保健室 床暖房工事
平成20年4月 大型遊具設置 学校関係者評価委員会・第三者評価委員会の設置
平成20年9月 青組保育室・緑組保育室・床暖房工事
平成21年2月 「たのしさ いっしょに みつけよう」刊行
平成21年11月 事務補佐員の配置
平成22年3月 桃組保育室・黄組保育室床暖房工事
平成23年2月 「保育の事例をどう書き、生かすか」刊行
平成24年4月 非常勤講師を教育支援者とする。
平成25年3月 園舎増築(3歳児藤組保育室、保護者用トイレ。多目的トイレ)
平成25年4月 3歳児学級増により6学級となり、常勤講師1名を増員する。3歳児及び4歳児の定員が48名となる。園舎増築落成記念集会を挙行する。
平成26年4月 5歳児学級の定員も48名となる。
平成26年9月 遊戯室エアコン設置 築山改修工事 管理棟及び保育室建具の改修工事
平成27年8月 西園庭側溝工事 ボイラー室ボイラー撤去 遊戯室前面壁張り替え
平成28年10月 創立130周年を記念し、式典を行う。「わくわくのみち」完成
平成28年12月 職員室エアコン設置